(注)本文を引用する際には、文献欄に以下の内容を記載して下さい。
小坂守孝(1998)相談する―心の問題へのアプローチ. 現代のエスプリ,370,188-196.(1998年5月,至文堂)
相談する−心の問題へのアプローチ
小坂守孝(臨床心理士)
相談におけるインターネットの利用
インターネットにおいて代表的なサービスである電子メールやホームページ(以下HP)などは心の問題に関連する分野へも応用されている。例えば情報検索サービスを提供するHPの一つである「Yahoo! JAPAN」(1)では、「健康と医学」というジャンルの中の「メンタルヘルス」の下位項目に「カウンセリング」が設けられている。それ以外にも臨床心理学や精神医学に関するHPが多数存在し、「相談」「悩み」といったキーワードで検索できる。
インターネットを利用した心の問題へのアプローチとしては、以下のようなものがある。
(1)情報提供
相談に関する情報をHPに掲載するものである。情報は大きく分けると具体的な相談機関に関するものと、相談に関する知識の2種類がある。前者の例としては、相談室、病院、クリニックなどが連絡先、業務内容、スタッフ紹介、相談受付方法、料金をHPに掲載しており、公的機関でHPを立ちあげているところ(2)もある。また、全国相談機関リストの作成を試みるHPも見られる。後者の例としては、カウンセリングや心理療法の定義、関連する諸理論、精神医学的知識、相談を受ける方法などが挙げられ、相談機関の利用を決定する際に必要な情報を提供する。
(2)心理検査
主にHPを用いて質問紙法・投影法などによる心理検査を実施する方法である。回答や採点結果は電子メールを使って伝達されることが多いが、最近ではCGI(common gateway interface)というプログラムによりHP上でそのまま他者に知られずに検査結果が得られるところもある。
質問紙法による心理検査は既に様々な種類のものが実施されている。絵や図版を用いる投影法では微妙な色合いを要求されるものでも十分再現可能(3)と言われるが、検査によっては反応時間や図版を見る位置などの情報が欠如したり、検査者と被験者との同時的なやりとりが不可能な場合、対面式による実施に比べて十分な査定が困難になる恐れがある。
なお、これらの心理検査を独自に作成したHPもあれば、既存のものを実施するHPもある。後者の場合には著作権を侵害しないよう、十分に注意すべきである。
(3)掲示板
一般の人々から電子メールで寄せられた悩みの内容をHP上で掲載し、それに対するHPの主催者あるいは不特定多数の人々からのコメントをまた掲載するものである。1997年4月24日にNHK教育テレビで放映された番組「共に生きる明日:あなたの悩みを打ち明けて〜心を癒すインターネット」で紹介されたHP上の掲示板には「心の居場所がある」「誰かとつながっている」とのコメントがあった。このような掲示板には、悩みを持つ人々が互いの孤独感を解消したり助け合うという効果があると思われ、インターネット上の自助グループ(self help group)的な機能を果たしている。実際にある場所に出向く必要がなく、互いのコミュニケーションは非同期的で文字情報のみなので対面するよりは互いに近づきやすい可能性があるが、非言語情報の欠如による誤解も生じやすいと思われる。
また、テレビで紹介された前述の掲示板は公開であるがゆえに、悩みを掲載した人を攻撃するコメントもあった。だがこのような事態は掲示板の公開、非公開に関わらず生じる可能性がある。掲示板に参加した人が安心して自分の悩みを掲載できる環境を実現するには、条件を設けてある程度メンバーを限定し、必要に応じて介入するファシリテーターも必要と思われる。掲示板を設置するHPの幾つかは会員制を導入したり、メーリングリストを用いている。だがこのようなグループの役割は、単にメンバーの保護に終わるのではなく、メンバーの「力の獲得(empowerment)」につながるのが理想と思われる(4)。
(4)電子メール相談
一対一での電子メールのやりとりによって相談を行う方法である。従来から面接相談の補助的な役割を担っていた手紙相談を電子的に行うものと言える。最近ではいくつかの相談機関や個人によって電子メール相談の実施を告知するHPが開設されている。
手紙を相談に用いることの利点は、空想や夢と同様に分析素材となること、自分の考えを整理したり見直して書き直せること、受取人も読む時間を十分取れて返事の前にも時間を取れること、話すよりも書く方が自己表現できる人もいること、などである(5)。加えて、電子メールの場合には手紙と異なり卓上のパソコンからメッセージを送信でき、それは送信直後または数時間以内に相手のホストコンピュータに届く。ただし、電子メールにおける非言語情報の欠落は相談関係に何らかの影響を及ぼすと思われる。カウンセリングと心理療法における書記的方法は全体として自己理解や問題の改善に一定の貢献をしており(6)、電子メールにおいても書くことそのものに効果があると考えられる。
電子メールは、様々な理由で相談機関に訪れることや電話することさえも困難な人にとっては、有用な援助資源となる可能性がある。ただし、電子メール相談は面接相談になりかわるものではなく、あくまで補助的な役割や、可能ならば面接相談を行える相談機関に紹介する役割を取るものと思われる。つまり従来の密室型の心理療法の代用としてよりは、地域で生きる人々を援助するコミュニティ心理学(7)における実践方法として有効である。特に、危機介入やコンサルテーションへの活用が考えられる。
(5)その他
独立したサービスではないが、相談前にあらかじめクライエント(以下cl)に関する情報を電子メールで送ってもらい、インテークを行うところもある。相談機関により内容は多少異なるが、氏名・性別・生年月日・連絡先の他、相談内容や既往症、生育歴などが含まれる。また、将来的には画像と音声の同時転送(Cu-SeeMeなど)を用いた疑似面接相談も考えられるが、そのためにはインターネット上で常時画像と音声が同時に相手に伝わる環境が必要である。
現時点では、面接相談に近い形態を取るものは電子メール相談であると考えられる。ここでは、筆者による電子メール相談の実践を通して、その特徴や問題点などについて検討する。
電子メール相談の実践
筆者(8)は、様々な理由で相談機関を訪れることのできない人への援助手段の一試みとして、1995年12月初頭、インターネット上に電子メール相談用のHP「心理援助サービス」(図1)を開設し、心の悩みを持つ本人と、そのような人を抱える家族や周囲の人の悩みを受け付けることとした。
心の問題に関するHPを開設しているのは、臨床心理士を含む心理学者、精神科医、趣味で心理学を学ぶ者、cl本人などその立場は様々である。特に心の問題へのアプローチとしては、症状の管理や除去を志向する「働きかけの知」と、心の成長・成熟の達成を援助する「受け身の知」の2つがあり(9)、clへのアプローチに際しては、立場によってどちらにより偏るかが異なる。筆者の場合、当初は「受け身の知」に基づくアプローチを試みた。電子メールのやりとりを通して相手が自分の力で考えていくことを目的とし、HPには「共に考える」と記した。料金は当面無料とした。
HP開設当初電子メールは月に1通程度であったが、その後一部の新聞雑誌に取り上げられたことなどで徐々に件数が増え、1年後には月に30通余りとなった。相談開始より、相談受付を休止した1997年6月末日までに相談が終結あるいは中断したのは56人(男性35人、女性21人)で、電子メールの総数は 155通であった。clのうち半数以上は20代で、職業は大半が学生(専門学校・大学・大学院)と会社員であった。clの居住地については、北海道や九州など遠隔地からのものもあったが、約3分の1は東京都からの相談であった。
寄せられた電子メールに対しては、相手の発言の受容と相手の気持ちの明確化に努めた。相手の気持ちや意図が明確になるよう、文章の意味内容によっては随時質問を行った。そして筆者の質問への回答やその時の気持ちについての返事が来るとそれを受け、また相手の発言を受容し、気持ちを明確化するというやりとりが繰り返された。自身についての相談では、質問への回答の他にも、その時々で新たに感じたことも書いてもらった。また、家族や友人知人についての相談では、主に当人の症状や現実検討能力、対人関係上の特徴などが明らかになるように随時質問を行い、当人の状態に応じて専門家への訪問を促したり、具体的に紹介を求められた場合には筆者から相談機関の連絡先を伝えた。単に情報を求める人にも、その人がなぜその情報を必要としているかを尋ね、場合によって対応の方法を再考するよう促した。
相談の内容は大きく6種類―精神医学的問題・心身症状・性格や行動上の問題・対人関係・人生目標・その他―に分けられ、中でも対人関係に関する問題が一番多く、次いで本人自身の性格や行動上の問題についての相談が多かった。相談回数は、情報提供のみを行ったものを含めて半分強が2回以内であったが、最大で8回継続したものもあった。特に性格・行動、対人関係、人生目標の問題については継続相談が多かった。また、筆者とclとの合意に基づいて相談が終結したのは全clの2割程度であったが、clの約半数には、電子メールのやりとりの中で事態に対してそれまでとは違う捉え方ができるようになったと思われる表現が見られた。
電子メール相談のありかたについて
以上のような実践を通して、電子メール相談が相談手段の一つとして成立するという手応えを得ることができた。しかし、より有益な相談活動を行うために検討すべき課題を以下に挙げる。
1 制限事項
相談受付のHPにおいて、筆者は1回あたりの文章の長さ、送信頻度、再送の時間間隔、他の相談方法についてのみ制限を設けたが、それ以外にも相談内容の範囲をclに提示する必要を感じた。制限事項以外に新たに制限を設けた場合、非言語情報の欠落により対面の場合よりも誤解が生じ易いと思われる。また、岡田(3)は電子メール相談によって面接の枠組みが変化することを指摘しているが、電子メール相談を止むを得ず面接相談の代わりとして実施する場合、制限事項の設定は治療構造(10)の形成にも有効であり、それによりclの心の動きを捉える手掛かりになるであろう。他にはメール送付の総回数や終結時期の特定といった方法も考えられる。
2 利用者層の偏在
パソコン操作を要するせいか、clは若年層にやや偏ってしまった。高い年齢層にも利用されるには、操作の容易な通信機器の開発が必要である。また、相談機関の少ない地方在住者には電子メール相談が有効と思われたが、筆者の予想に反する結果であった。アクセスポイントが居住地になかったり、あっても回線が混み合うなど接続事情が悪い場合、電子メール相談は利用されにくいであろう。
3 筆者の対応について
文字情報のみである電子メールのやりとりにおいては、clによる誤解を避けることは難しく、面接相談よりも出来るだけ多くの言葉を用いて対応する必要があると思われた。また、clの実感をより理解するために筆者から多くの質問をしたが、これはclが自分の問題を見つめることを邪魔をする恐れがあると感じた。また、clの気持ちの明確化を越えて筆者の先走り的な解釈になった対応もあったが、clの実感とずれた場合の影響が懸念された。そしてそれが実感を捉えられても場合によってclが自分で考えることの邪魔になる恐れがあると思われた。
4 回答に要する時間
限られた情報の中で、clがどのような意図をもって書いているのかを検討してから返事を書くため、1通あたりの所要時間は大体20分から1時間であった。また、他の仕事の合間に返事を書くことは難しく、週末などのまとまった時間に行ったため、結果として返事を送信するまでに1週間程度かかってしまった。電子メール相談実施のためには相談実施者が十分に時間を取る必要があり、現実的な問題としては相談の有料化もありうる。
5 電子メール相談の効果
clの半数が電子メールのやりとりの中でそれまでのものの見方や考え方に変化を見せ、特に自己決定への援助には有効と思われた。一方、約四分の一が変化が見られないまま中断した。だがその中には6〜8回と継続した相談もあり、clは電子メール相談の存在について一様に好意的であったことから、相談機関に訪れることに強い抵抗を示す人に対する援助方法の1つとして有効と思われる。
6 情報のみ必要な者への対応
筆者は電子メール相談以外のサービスは実施しなかったが、clの4分の1は情報のみを必要としていた。質問には個別に回答したが、実際には類似した質問も複数あった。clの便宜を図りかつ筆者の負担を軽減するには、質問をもとにQ&Aを作成したり、他ページへのリンクを設けるという工夫も考えられる。
7 他機関への紹介
相談機関の訪問が必要と思われるclもいたが、過去あるいは現在に心理療法に不信感を持っている場合には紹介が困難であった。また相談機関の紹介を希望するclもいたが、実際には紹介先と相性が合わない場合もあった。顔も声も知らないclに対して責任を負うことの難しさを痛感した。電子メール相談と同時に面接相談も実施している機関であればこの問題は多少軽減されると思われる。
8 悪戯メール
ひと目で悪戯とわかる電子メールは1通もなかった。相手のメールアドレスもわかるため、電話と違い完全な匿名ではないからかもしれない。だがその内容が首尾一貫し了解できるものであれば、悪戯とは判断できない恐れがある。基本的にはその内容を受け止めることが重要であり、話の矛盾点や問題解決の回避といった点に注意しつつ対応すべきであろう。
9 面接相談との併用
面接と電子メールとを併用した学生相談事例(11)では、本来面接室で話されるべき事が電子メールで書かれることが問題となった。両者を併用すると、電子メールが面接相談における一種のアクティングアウトとして作用し、clの洞察が進まない可能性がある。面接相談を行うclに対しては電子メール相談を敢えて実施すべきでない場合もあると思われる。
10 組織内での実施
今後は企業・大学など特定の組織のメンバーを対象とした電子メール相談活動が行われる可能性もあるが、膨大な数の電子メールが来ると返事が追いつかなくなる恐れがある。つまり既存の相談機関における安易な電子メール相談の導入は、従来の相談機能に支障をきたす恐れがあり、導入に際しては慎重に検討すべきである。もしもclに短時間で対応できるようなシステムを作ろうとするならば、新たに電子メール相談用の人的体制を整える必要がある。また、実際に電子メール相談を行う際には1通当りの文書量やcl数の上限など、何らかの制限を設ける必要があると思われる。
まとめ
インターネットを介して心の問題にアプローチするという方法は、既存の方法に比べて様々な長所や短所が存在している。本論では触れなかったが、インターネット上のセキュリティにも注意すべきである。
旧来の方法に慣れ親しんだ専門家の中にはインターネットによる相談に眉をひそめる人も多いと思われるが、インターネットは既にコミュニケーションの一方法として定着しつつあり、避けて通ることはできない問題と思われる。そこでのあらゆる可能性を検討し、長所を利用しつつ短所の改善を試みることが、心理療法に携わる者の責任であると考えている。
[引用文献]
(1)Yahoo! JAPAN (http://www.yahoo.co.jp/)
(2)藤林武史 精神保健福祉センターにおけるインターネット こころの臨床アラカルト、16,35-39. 1997
(3)岡田 努 インターネットについて 心理臨床、9(3),201-203. 1996
(4)三島一郎 セルフ・ヘルプ・グループの機能と役割−その可能性と限界 コミュニティ心理学研究、1(1),82-93. 1997
(5)Sloman,L.,& Pipitone,J. Letter writing in family therapy. The American Journal of Family Therapy,19,77-82, 1991
(6)福島脩美・阿部吉身 カウンセリングと心理療法における書記的方法 カウンセリング研究、28,212-225. 1995
(7)山本和郎他(編) 臨床・コミュニティ心理学−臨床心理学的地域援助の基礎知識− ミネルヴァ書房 1995
(8)小坂守孝 電子メールによる「心理援助サービス」の実践的研究 コミュニティ心理学研究、1(2),187-198. 1997
(9)村山正治・山本和郎(編) スクールカウンセラー−その理論と展望 ミネルヴァ書房 1995
(10)岩崎徹也他(編) 治療構造論 岩崎学術出版社 1990
(11)湊 博昭 電子メールによる治療的関与の試み 第16回大学精神衛生研究会報告書、47-49. 1995